音楽と日々の暮らし

ホッとする時間、思い出話

休暇明けの今週、先ほどレッスンが終わりました週の最後のレッスンが終わったあとが、一番ホッとする時間。そしてブログを書きたくなる時間です

おなじみ(?)、今週を振り返ってみようと思いますが、ちょっと長い思い出話になりそうなので「ですます調」から離れて書いてみます

週末は主に出張レッスンをしているのだが、春の訪れと共に、一気にバイクや自転車が増える。特にロードバイクはかなりスピードも出て、彼らは本気で走っているので、抜けそうで抜けなかったり、対向車側にも同じようにロードバイクを抜こうとしている車が走っていたりで、運転にとても気を遣う。住宅街にはたくさんの車が駐車してあり、車と車の間から子供の自転車が勢い良く出て来たり、強い日差しで前が良く見えなかったり、レッスンよりも移動に疲れるくらいだ。焦って運転するくらいなら早く着いて待ったほうがいいと思って早めの出発を心掛けているが、遅れて生徒に迷惑をかけてしまうこともあり、申し訳なく思う。
今日(土曜日)は急なキャンセルがあり、時間が少しできたのでパン屋に行こうと近くに車を停めた。14時だったがそのパン屋はすでに閉まっていて、もう一軒、近くのパン屋に入ってみることにした。幸い17時までの営業で、クーラーがよく効いていて助かった。今週は毎日とても暑かった!しばし休憩してそろそろ出ようとトレイをレジに持って行くと、お店の若い女性が「ここに置いて下さい」と言った。パンを買った時は別の女性がレジにいたので気付かなかったが、見覚えのある顔!思わず「あ、私のところでピアノのレッスン受けてたよね」と話しかけてしまった。彼女は一瞬考えて「あ・・・はい、お久しぶりです!!」とにっこりしてくれた。「今でもピアノ弾いてます」とも言ってくれた。最初に行ったパン屋が閉まっていて良かったのかも!店を出た後、とても嬉しくなって、何だか一気に7年前からのことを色々思い出した。
ドイツでの音楽留学を終えて一旦帰国し、7年前から再びドイツに住むことになった私は、夫の紹介で、あるprivat(私立)の音楽学校でレッスンをさせてもらえることになった。といっても1週間に生徒は一人。それなのに行きのUバーンの中ではレッスンがうまく出来るか心配でいつも緊張していた。手帳は真っ白で、焦りもあった。それでも少しずつ生徒が増えていった。今日パン屋で再会した彼女もその中の一人だ。当時、同時進行で色々な音楽学校に履歴書を送っていたが、何度も分厚い封筒が「今後のご成功をお祈りします」の手紙と共に戻って来た。ある時、このままではいけない気がして、今までのありきたりな自己紹介文ではなく、もっと素直に書いてみようと思い、書いてみた。そうしたら薄い封書が、ある公立の音楽学校から届いた。Einladung(=面接試験への招待状)だ!この学校は産休代理のピアノ講師を募集しており、私はそこに応募していたのだ。面接日が迫っていたので、一般的に面接ではどんなことを聞かれるのか調べてみたり、もう一度音楽の一般的な知識を復習したりした。いま久しぶりにEinladungを見てみたら(まだ取ってあった!)、試験の内容はこんなふうだった:
ピアノ演奏(5分程度)
模擬レッスン(10分程度)
面接(15分):面接官は校長、Gemeinderat(市参事)
面接日は早めに学校に着き、自分の順番が近付いたので部屋の前に行ったら、上手な演奏が聴こえてきて、こわくなってしまった。しかし初めて会う校長が笑顔で迎えてくれ、ブラームスを演奏したら褒めて下さった。模擬レッスンを受ける生徒が現れたが、ま、まさかの手ぶらだった!暗譜で弾く子をレッスンするとは、夢にも思わなかった!!バロックか何かの小さな曲だったと思うが、火事場の○○力とでも言うのか、彼女が弾いている旋律を全部聞き取ってレッスンすることが出来た。面接では面接官の質問にちゃんと答えられたのかどうか・・・自分のアピールに必死だった気がするが、3人の面接官は笑顔で私の下手なドイツ語アピールを聞いて下さった。その日結果が出たのか後日だったか忘れてしまったが、採用が決まったと聞いてとても嬉しかった。校長が「模擬レッスンの生徒がね、君のレッスンが一番楽しかったって」とあとから教えてくれた。こうして5年前の秋からこの学校で働けることになった。
翌年の7月、校長が「近くの音楽学校でピアノ講師を探しているが、君、履歴書を送ってみたら」と教えて下さった。募集は常勤と非常勤一名ずつ。再び履歴書を書き、幸いEinladungを頂くことが出来た。
こちらも試験内容はほぼ同じだった。隣人に「申し訳ないがこの日は朝7時から音出しさせて欲しい」とお願いして練習し、面接会場へ向かった。前日、私の大人の生徒が「ganbattene asu」とメッセージをくれた。彼女が「遠いなら早く家を出たほうがいい」と言ってくれたので早く行って時間が来るのを待ち、建物の中に入った。またまた前の人の上手な演奏が聴こえてきた。しばらくして汗で顔を真っ赤にした男性が部屋から出てきた。その後校長が笑顔で「朝早かったでしょう、飲み物とパンがあるから、良かったら」と迎えて下さった。部屋に入って行ったら、校長、講師、Gemeinderatと計5人の面接官がいた。1対5で座らなくてはいけなくて、冷や汗が出てきた。この時はドビュッシーを弾いた。校長が「ブラボー!」と言って下さった。模擬レッスンでは、私は普通にレッスンしていたつもりだが、一度爆笑が起こった。私の質問に対する生徒の答えが面白かったみたいだ。そこから雰囲気が和やかになった気がした。面接では皆私の履歴書のコピーをめくり、メモを取りながら私の話を聞いている。「日本ではこうでしたが・・・」と日本のレッスンの様子を紹介したらとても興味を持たれてものすごく突っ込まれ、しどろもどろになってしまった。
終わった後、気付いたら汗びっしょりになっていて、デパートに行って着替えの服を買い、午後のレッスンに向かった。その夜は自分の模擬レッスンや話の内容がおかしかったんじゃないか、とばかり考えて、せっかくのチャンスだったのに・・・きっとダメだった!!!と落ち込んで眠れなかった。結果は翌日、電話で受けた。校長が「ダメだった」と言ったのだと思って沈んでいたら「嬉しくないの?」と言われて、受かったことに気付いた。希望していた常勤だった。嬉しいのと恥ずかしいのとで「どうもありがとうございます」と言いながら涙が出てきてしまった。この日はたまたまもうひとつの学校の講師の親睦会(遠足)があり、待ち合わせの駅で校長に報告したら無言のガッツポーズで、とても喜んで下さった。
こうして家から離れた2カ所の音楽学校に勤める生活が始まって、一番初めにお世話になった音楽学校を辞めることになった。事務の方が「寂しいけど、これからも頑張って」と言って下さった。
手帳が真っ白だったことや、レッスンの日に緊張してお腹を壊したりラベンダーのお茶を飲まないといられなかったことが、ずっとずっと昔のことのような気がする。日本にいる皆がいつも「無理しないでね」と言ってやさしく声を掛けて下さるのだが(ありがとうございます!)、自分がちょっと「無理かな」と思うことをやってみて、うまくいくことがあったりすると嬉しくなって「もうちょっと」と思ってしまうのかも知れない。そもそも、自分の「無理」がどこなのか分かっていないのかも知れない。とにかく、疲れたら寝ることにしている。
音楽学校の仕事は色々あって、たまに「ピアノだけ弾きたい」と感じることもあるが、すべて自分のためになっていて、ありがたいと思う。だからこれからも頑張っていきたい。

今日パン屋であの子に会えて良かった!と思います。どうして急に思い出話をしたくなったのか分かりませんが、読んで下さった方、どうもありがとうございます
休暇後の一週間はあっという間に感じましたが、生徒たちは病欠ゼロ!!真っ黒に日焼けしている子が多かったです。あらためて思ったのは、大きい子も小さい子も皆いい子たちだなぁということです。休暇中に一人一人を思い浮かべながら生徒たちの成績表を書いていたので、余計にそう思ったのかも知れません。休暇のために練習出来ていない言い訳を必死でする子が多くて笑ってしまいました。本当にすっかり忘れている子には怒りましたが
また土曜日のこのホッとする時間に長い文章を書くことがあるかも知れませんが、その時はどうかお付き合い下さい

  (J)

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